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インタビュー

芸人志望から弁護士へ。「お笑いは自分の原点」第二の夢を叶えた現役弁護士・加地裕武さん

「お笑いを目指した時代は、かつての私にとって『暗闇』でした。でも今は、自分の『原点』だと言うことができます」

そう話すのは、弁護士の加地裕武さん。加地さんは高校卒業後にお笑いの道を志し、養成所に入りますが卒業を前に断念。弁護士になることを新たな夢としてかかげ、約9年間の勉強期間を経て、見事その夢を実現しました。現在に至るまでに立ち現れた数々の困難に打ち勝ってこれたのは、「お笑いで得た宝物があったから」と語ります。

加地さんはなぜ、挫折を乗り越え、弁護士の夢を叶えることができたのでしょうか? 加地さんが、お笑いを自分の「原点」と呼ぶ理由とは?


<プロフィール>
弁護士・加地裕武(かじひろむ)さん

高校卒業後、2007年スクールJCA(人力舎お笑い芸人養成所) に入所するも、芸人の道は断念し弁護士を志す。立命館大学法学部、中央大学法科大学院を経て、2017年に2度目の受験で司法試験に合格。1年間の司法修習を終え、2019年1月に多摩パブリック法律事務所に入所。弁護士として民事、刑事問わず幅広い案件を手掛けている。


 

「これまでの人生は自分本位だった」。芸人の夢を捨て、歩き始めた弁護士の道

ー加地さんは何がきっかけで芸人を志したのでしょうか?

ちょうど高校2年生のころがお笑いブームだったんです。クラスの友達にある日、「おい加地、生徒会長の選挙に立候補して、笑いを取ってこいよ」と言われて。私は勉強が苦手でしたし、しょっちゅう仲間とふざけ合っていました。その上、対抗馬はイケメン男子とまじめそうな女子。私が立候補したとしても、当選する可能性はは0%でした。私も含めて、みんながそう思っていたんです。

結局、「受からなくても笑いを一発とれて、人気者になれたらいいな♬」という気持ちで友達とネタを作り、いざ選挙に臨みました。するとそのネタが大ウケして、なんと私が生徒会長に選ばれてしまったんです!!(笑)。それも何百票という大差で…。学校はかなりざわつきましたね。「生徒会長は本当に加地で大丈夫なのか?」と職員会議で取り沙汰されたくらいでしたから。

ーそれは鮮烈な生徒会長デビューでしたね…!

そうなんです。生徒会長になってから壇上に立つことが増えたので、友達とよくコントをしていました。そうすると学校中にファンができてしまって(笑)。卒業式では学ランのボタンが全てなくなったんですよ。この顔と出で立ちなのに(笑)。

こんな経験をしたものですから、卒業後は今いちばんやりたいことに挑戦したいと思い、お笑い芸人を目指して養成所へ行くことにしたんです。のちに「井の中の蛙」だったと思い知ることになるのですが。

ー養成所での生活はいかがでしたか?

おもしろかったですよ。笑いの理論やネタの作り方を学んだのは勉強になりましたし、日々たくさんのネタを見ることも刺激的でした。

ところが、入所して1年経たないうちに養成所は辞めてしまいました。同期の中には親を泣かせてまで養成所に入ってきた方がいたことに自分との温度差を感じたり、自分が面白いと思う先輩がテレビに出られないのを理不尽だと思ったりして…。「このままじゃまずいんじゃないか」と漠然とした将来への不安にかられ、高校生のときからアルバイトを続けていたマクドナルドに就職しようと思ったんです。

ー芸人の道を諦めて、一度はマクドナルドで働くことを考えたのですね。弁護士を目指したのは、何がきっかけだったのでしょうか?

当時、私が芸人になることを全力で応援してくれていた彼女がいました。そんな彼女に芸人をあきらめたことを伝えると、ケンカになってしまって。その日僕は、彼女の家まで謝りに行きました。すると彼女のお母さんが出てきて、僕に言ったんです。「あの子は加地くんがお笑いで食べていけなくても大丈夫なように、働いてお金を貯めていたんだよ。そのことは忘れないでね」と。

その瞬間、私は衝撃を受けました。これまで彼女やたくさんの友達に支えられていたにもかかわらず、私はその存在を全く気にかけてこなかったのです。「芸人をやりたいから始めて、やりたくなくなったから辞めるなんて、なんて自分本位なんだろう」。自分に失望し、深く落ち込みました。

そして、「自分のためにやってきたことが頑張れないなら、これからは人のために頑張ってみよう!」と思うようになりました。そのときもっとも身近で人のためになる仕事をしていた人が、父だったんです。父の職業は弁護士でした。弁護士を目指すようになったのは、そういうわけです。

お笑いで培った「客観視する力」で受験を乗り越え、「とっさのモノボケ」でクラスに溶け込む!

ー高校時代まで勉強は得意ではなかったとのことですが、受験勉強は大変だったのではないでしょうか?

大変なんてものじゃありませんでしたよ(笑)。まず大学受験に臨まないといけないのに、冠詞のaとanの違いもわからないほど学力がありませんでしたから…。

それ以前に、これまで椅子に座って何時間も過ごすということをしてこなかったので、勉強しようと思っても、まず座れなかったんですよ。

ー勉強を始めるどころか、座れなかったとは…! 一体どのように乗り越えたのですか?

「なぜ椅子に座りたくないのか?」「なぜこの参考書をやりたくないのか?」といったことを徹底的に考えました。そんなことしてる間に早く座って勉強しろよって感じだと思うんですが、腑に落ちないと先に進めない性格なんです。自分の状況を客観的に見つめて、一つ一つやるべき理由をはっきりさせ、自分自身を説得しました。そうすると、驚くほど椅子に座って勉強できるようになったんです。その結果、立命館大学の法学部に合格することができました。

このとき自分を客観視することができたのは、高校時代や養成所時代に、みんなからどう見られているのかを意識してネタを作っていたからだと思うんです。笑いを取るということは、自分の見られ方を考えることでもあります。自分を俯瞰して、セルフマネジメントをする癖が知らぬ間に身についていたんですね。

ー高校時代や養成所時代のお笑いの経験が、勉強に役に立ったのですね。

そうなんです!実は、お笑いの経験が役立ったのはこれだけではないんです。

ロースクールでは、クラス全体が「周りの人を踏み台にして上にいこう」という空気であふれていました。殺伐とした人間関係の中で、私も最初はあまりクラスに溶け込む気にはなれなかったんです。

するとその態度が気に入らなかったのか、ある日同級生に呼び出され、「お前、お笑いやってたらしいじゃん。それなら何かおもしろいことやってみろよ」と言われて。私は芸人を目指していたことを自分から大っぴらに話していませんでしたし、クラスで笑いをとるつもりなんて全くありませんでした。「まじか…何すりゃいいんだよ…」と一瞬途方に暮れましたね。

結局その場にいたメンバーで順番におもしろいことをすることになり、私は仕方なく近くにあった赤い三角コーンを使ってモノボケをしたんです。すると、私が一番ウケてしまって(笑)。そこから一気にクラスで打ち解けて、勉強の情報交換も積極的にするようになったんです。あのときは芸人を目指していたことを誇らしく思えましたね(笑)

ロースクールの試験は情報戦でもあるので、仲の良いクラスの方が成績が良い傾向にあります。それを思うと、もしあのとき完全にスベっていたら、私はまだ司法試験に受かっていなかったかもしれません(笑)。仲間と助け合えたおかげもあり、ロースクールでの2年間、成績はずっと上位で、全国模試でも81位を取ることができました。

しかし残念ながら1回目の司法試験は落ちてしまい、なんとか2回目の司法試験で合格することができました。2回目の司法試験で合格することができたのは、もう一度自分を客観的に見つめ戦略を立て直したことに加え、受かるか分からない浪人生の私を献身的に支えてくれた妻や家族の存在があったからでした。妻には本当に、心から感謝しています。その後1年間の修習を終え、今年の1月から現在の法律事務所で働いています。

 

“人のため”に働いていることを実感する日々。お笑いは自分の「原点」

ー司法試験に合格し、ついに弁護士になった加地さん。お笑いの経験が役立ったとはいえ、諦めたくなったことはなかったのでしょうか?

めちゃめちゃありましたよ。100回どころじゃないです。

でも、折れそうなときも頑張ってこれたのは、芸人の挫折経験からくる劣等感があったからだと思います。養成所を辞めたてのころ、地元の友達に「弁護士になろうと思う」と話すと、「お前って何一つやり遂げてないよな」と言われたんです。そのとき私は何も言い返せませんでした。あの悔しさが大学でもロースクールでもずっと頭の片隅にあったから、退路を断ってここまで頑張れたのだと思います。

ー長かった勉強期間を経て、弁護士として働き始めてみていかがですか?

民事から刑事まで幅広い案件を担当しており、とても忙しいです。まだまだ新米ではありますが、当初夢みた「人のために頑張る」という道を歩んでいることを、日々実感しています

ー今後の目標はありますか?

弁護士という職業への敷居を低くしたいと思っています。私が電話で「弁護士の加地です」と言うと、受けた方が「弁護士」という言葉に反応して、背筋を伸ばすのが伝わってくるんです。でも、肩書きだけで緊張させてしまうのはおかしな話ですよね。私から「弁護士」という肩書きを取っても、私という人を信頼してくれるような仕事をする人でなくてはならないと思います。また相談に来る方は、今が人生で一番辛い時期にあると思うんです。私はこれまでの経験を活かして、少しでも依頼者の気持ちが明るくなるような接し方ができるようなりたいと思っています。

そもそも弁護士とは代理人なので、スターになってはいけないと思うんです。「弁護士がどうしたいか」ではなく、「本人がどう思っているのか」を常に考えて行動できる弁護士になりたいですね。偉そうなことを言ってすみません(笑)。まだまだこれから…頑張ります。

お笑い芸人からの転職支援サービス『芸人ネクスト』についてはどのように思いますか?

私の場合は芸人を諦めた時期が早く、弁護士という夢も自分で見つけることができたので、当時このサービスがあったとしても、使うタイミングはなかったかもしれません。でも、一度でも目指した夢を失ったときの敗北感や苦しみはよく分かります。そんなときに、その次のステップを一緒に考えてくれる人の存在はとても心強いものです。そういう意味で、元芸人に寄り添ってくれる『芸人ネクスト』は、とても魅力的だと思います。

ー最後になりましたが、芸人を辞めて就職するか悩んでいる方や、進路に迷う社会人に、メッセージをお願いします!

まずはやりたいことを全力でやってみることが大切だと思います。私は芸人を目指した期間は短かったものの、お笑いを追求する中で自分の強みや糧になる経験を得ることができ、それは宝物になりました。

全力でやったからこそ、ダメだったときには大きな反動がくるものですが、バネにすることもできますし、手に入れた宝物はあとで身を助けてくれます。だから今、お笑いをやっている人や夢を追いかけている人には、妥協せずに全力でやってほしいです。もしダメだったとしても、諦めたことがある人には、諦めないことの大切さが分かるようになります。

かつての私にとって、お笑いを目指した時代は「暗闇」でした。でも今は自分の「原点」だと胸を張って言うことができます。芸人をあきらめたときはそんなこと、思いもよらなかったんですけどね。

ー加地さん、お忙しい中ありがとうございました!

(取材、文、写真・一本麻衣

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